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ランドネットに学ぶ急成長企業がWebシステム導入するための課題
新システム導入で事業領域拡大に
榮章博氏が一からシステムを開発し、急成長を遂げてきたランドネット。しかしランドネットが急成長を続けていく中で、もはやこれまでのシステムでは十分な対応ができなくなり、抜本的な見直しが必要となった。2018年ごろのことだ。
当初のシステムは少人数での活用を想定して作られていたため、企業規模拡大により機能を付加していくマイナーチェンジだけでは追い付かなくなっていた。そこでアップデート作業の効率化や使用人数の拡大、新たな機能の追加をするためにシステムを抜本的に作り直すこととなった。
IT技術者も多数採用し、IT部門(プラットフォーム開発部)には約100人。システムエンジニアが85人で、残り15人がファイヤーウォールをつくるなどのセキュリティー関連のインフラを担当している。
ここで開発が進められたのが「Real estate Cloud platform(RCP、不動産クラウドプラットフォーム)」だ。
RCPは、創業から蓄積された全国757万件以上の不動産情報をデータベース化し、業務改善を図る一方で、不動産取引時の煩雑な作業や進捗状況を一元管理し、AIの活用で顧客に最適なタイミングでアプローチできる。さらに電子契約を締結した顧客は、サイト上で必要書類や取引履歴の管理、販売活動状況の業務処理報告なども確認できるシステムだ。
ランドネットのIT技術者たちがRCPを構築するために最初に設定した課題は2つだ。ひとつは頻繁にシステム更新をしていたので、ブラウザーを開き直すだけで最新のアップデートを取り込めるという点。そしてもうひとつはスマートフォンなどさまざまなシーンで活用することを想定していたために、ブラウザー上で動かせるという点だ。しかしブラウザーを開くだけで最新のアップデートを取り込むためには、それまで活用されていたクライアントサーバー型では問題があった。クライアントサーバー型はプログラムをクライアントのパソコンに配布する必要があり、1、2台であれば手作業でもなんとかなったが数十台、数百台となれば、作業日数がかかり、プログラム修正のたびに、この工数が発生するので、運用コストが膨れ上がってしまうからだ。一方でWebシステムは、プログラムを変更する場合には、サーバー一か所を差し替えれば完了する。従来に比べれば大幅に作業時間の短縮が図れる。ランドネットではRCPのフレームワークにはWebシステムを導入することに決めた。
SPAでコンテンツの表示速度をアップ
さらにインターフェースの構築には、JavaScriptフレームワークのVue.js(ビュージェイエス)が採用された。
このとき当時はやっていたグーグルのAngularやMetaのReactも検討された。
Angularはフルスタックフレームワークでルーティングやユニットテストなどの機能がパッケージで含まれており、機能豊富。学習コストは高いが、互換性の心配をすることなくライブラリを探せる。
Reactはユーザーインターフェース用に特化され、コンポーネントベースのアプローチで、ビュー(画面表示)とロジック(コンポーネント内の状態管理やデータの処理、イベントハンドリングなど)をひとつのファイルに記述する。サードパーティーのアドオンを使用することで高機能なWebアプリも作成できる。
一方でVue.jsはミニマリスティック(最小限)のコンセプトを持ち、学習コストが低く、Web開発に必要な知識があればすぐに使える。
Vue.jsは開発がスタートした2018年当時、後発のフレームワークで他のフレームワークよりも洗練されていたことから、ランドネットのIT技術者たちはこれを選んだのだという。
開発当初はVue.jsに関する本やネットでの情報も少なかったが、開発担当者たちはネットでわずかな情報を集めて、それを手探りで試し、さらに調べて、という作業を繰り返した。
「旧システムを刷新するにあたっては、Webのフレームワークで出来るので心配していませんでしたが、ネイティブアプリケーション(スマートフォンやタブレットといった特定のデバイスやオペレーティングシステム(OS)用に設計・開発されたアプリケーション)に比べるとChromeのセキュリティが厳しくて、直接ファイルが開けなかったり、ブラウザからIP電話の機能を呼び出す連携も必要なので、実際に運用を始めると苦労が多かったと聞いています」(プラットフォーム開発部課長の清水佑介氏)
Webのブラウザーシステムは普通のアプリケーションに比べると遅いイメージがあるが、業務アプリケーションでは珍しい1枚のページでコンテンツが入れ替わるSPA(シングル・ページ・アプリケーション)を導入したことでページの表示速度をアップした。これまで年間400回程度行われていたバグ修正や仕様変更などがWebシステムに切り替えたことで、アップデートがスムースに行われるようになり、システムの反応スピードは非常に早くなった。さらにIP電話の自動発信が可能になったことや、ワンクリックで不動産の一括取得、音声ファイルのデータが取得可能になった。
「デジタル化が話題となっている中でも不動産業界ははんこ文化でしたが、Webシステム化することによってペーパーレス化を可能にしました。外出先でも上司が承認を行えますので、業務のスピード向上にもつながっています。そしてWebに切り替えたことで、他の社員や上司と相談したい案件の共有がURLで簡単にできるようになりました」(榮氏)
データのAI分析で新人を早期育成
RCPになったことで物件画面にSMS(ショート・メッセージ・サービス)やGmailでの交渉履歴が残り、詳細なやり取りも時系列で確認ができるようになった。
それだけではない。RCPを活用すれば全国の不動産の最寄り駅、駅からの距離、マンションの総戸数、構造、面積などを一瞬で確認できるほか、担当者は不動産所有者との交渉履歴や1999年以降の当該不動産や類似の不動産の成約事例を確認することができる。
こうした膨大なデータをWebシステムに移行するのにもかなりの手間がかかった。20年蓄積したデータの中には「どこの契約にも紐づいていないもの」「苗字しかないもの」など使わないデータも含まれており、こうしたデータをクリーニングする必要があったからだ。さらに、不動産情報は所有者が単独、共同名義、複数所有などさまざまな形態があるため、そうしたデータの統合や、市町村合併などによる名称変更のアップデートをやらなければなかった。
「これまで培った膨大なデータをAIを使って、交渉履歴を見ながら分析し、見込みの高い顧客情報をリスト化できるなど夢のような機能も今後、増やしていきたいと考えています。また、このシステムを使うことにより新人は、成功事例も失敗事例も学び続けることができ、半年ほどで独り立ちすることができるようになります」(榮氏)
つまり新しいシステムでは、新人教育にも大きな力を発揮することが期待されている。
不動産情報のデータベースは、区分マンションはほぼ完成し、現在は戸建てやアパートなどに拡大を進めている。
「ワンルームや中古のファミリーマンションなどを中心に事業を展開してきましたが、今後は戸建てやアパート、さらにそのあとはビルやマンションをまるまる一棟扱っていこうと考えています。こうした市場に合わせた仕組みを構築していく必要があると考えています」(榮氏)
不動産業界全体で変えていかなければデジタル化は進まない
さらに不動産クラウドファンディングなどにも力を入れている。不動産クラウドファンディングとは、インターネットを通じて不動産プロジェクトに投資する方法だ。ランドネットではマンションなどを対象に投資運用を行っている。1万円から100万円までの範囲で出資を募り、入居者からの賃料収入で得た利益を原資として、投資家に分配金を支払っている。
「ファミリータイプの賃貸住宅のクラウドファンディングをやったことが大きいと思っています。買取契約の電子契約化もなんとか完了できそうです。媒介契約の電子契約化も終わりつつあります。それ以外の電子化を今、進めている最中です」(榮氏)
ランドネットのシステム開発はそれまでウォーターフォールだったが、アジャイルに大きく転換を進め、電子契約などではアジャイルでのシステム開発が進められている。
「アジャイルはそれぞれ7~8名のチームで編成され、開発を進めています。中には違う言語を使って開発を進めている技術者もいるため、必ずしも効率的な開発ができないこともあります。だから、そうしたものも共有化していこうとしています。最終的には今作っているもので終わるわけではないですから」(榮氏)
2、3週間で結果を出していく。アジャイル開発は担当部署とのコミュニケーションが重要となる。担当部署からどのような課題設定があるかが、その後のシステム開発に影響があるからだ。
「システム開発するときに現場の人たちに入り込まないとシステムができません」(榮氏)
最近ではベンダーの協力も得ながら新しい取り組みに力を入れている。しかし基本的には社内で週に1回月曜日にシステムの部長、課長を集めて議論し、課題設定を行っている。
池袋の本社、横浜、大阪、福岡に支店に続き、今年秋には渋谷で200坪の拠点を借り、渋谷支店の開設を予定している。そのためには通信インフラの拡充が重要課題となっている。
データセンターはAWS(Amazon Web Services)とGCP(Google Cloud Platform)を活用している。
「最初はGCPを使っていたのですが、技術者はAWSの方が多いので今はAWSを中心に使っています」(榮氏)
今後ランドネットのような取り組みは、他の不動産会社にも広がっていくだろう。しかし1社だけで本当の意味での不動産業界のDX化ができるわけではない。
500社以上の企業のIT導入やDX推進支援に取り組んできたITワークス代表取締役の本間卓哉氏は不動業界でのDXの課題について次のように語る。
「確かにWeb上での取引や重要事項証明書のデジタル化などが進められていますが、まだまだ旧態依然とした商習慣が残っています。例えば、未だにFAXが多く使われており、デジタル化が進んでいない。PCで編集した情報も、わざわざ紙に印刷してFAXで送られていたりもする。不動産業界というのは、さまざまな企業が関わっているのですが、その一部でもデジタル化が遅れていると、結局紙に印刷して情報のやり取りをしなければならなくなってしまう。そうした業界全体の構造を変えていかなければ、本当の意味でのDX化はまだまだ難しいのではないかと思います」(本間氏)