三井物産はデジタルもビジネスもわかるDXビジネス人材をどう育成している?

日本を代表する総合商社、三井物産は商品知識、ビジネス知見、営業力、物流機能など商社の機能であるOperational TechnologyとロボティクスやビッグデータなどのDigital Powerを掛け合わせたDXを進めていこうとしている。

2021年3月に策定された三井物産の「DX総合戦略」は、各事業現場の保有するデータにデジタルの力を掛け合わせて新しい価値を生み出すことで事業の強化を目指す「DX事業戦略」とデータを徹底的に使い倒すことで、迅速かつ正確な意思決定を行う「データドリブン経営戦略」から成り立っているが、DX総合戦略を下支えするのは「DX人材戦略」だ。

DX人材戦略の狙いはDXを標準装備した次世代型経営人材の輩出とDXによる絶え間ない革新を三井物産の企業文化として定着させることだ。

三井物産のDX人材戦略では、DXを担う人材を事業のナレッジを持つ「ビジネス人材」(a人材)、ビジネスとデジタルに通じた「DXビジネス人材」(b人材)、デジタルのスキルを持つ「DX技術人材」(c人材)という3つのタイプに分類している。それぞれ見ていくことにしよう。

まず幅広い事業、商品や地域に精通した人材を三井物産では「ビジネス人材」と呼んでいた。その数は国内単体・海外現地法人に8000人いる。

デジタルもビジネスもわかるDXビジネス人材が必要

一方でデジタルのトップエキスパートであるDX技術人材は、三井情報などのIT戦略子会社でのグループ内製化を進めるほか、三井物産でも一定数存在している。

三井物産ではビジネス人材とDX技術人材だけでDX戦略を進められないと考えている。両者の間にはあまりにも深い溝があり、言葉もうまく通じないばかりか、連携もままならない。そこで両者の溝を埋めるためにデジタルもビジネスもわかるDXビジネス人材が必要であると考えるようになり、DXビジネス人材の内製化に力を入れることになったのだという。

デジタル総合戦略部人材戦略担当の部長補佐、鎌谷栄志氏は次のように語る。

「“総DX戦力化”と呼んでいますが、一つは全社員のDXリテラシーの底上げを行っています。そしてもう一つは、DXビジネス人材の育成です。データサイエンティストのようなDX技術人材だけを並べたところで商社のDXを進めていくとはできないと考えています。私たちに必要なのはビジネスとデジタルを掛け合わせてDXを進めていくことで、必要に応じて社外のデータサイエンティストとも一緒にやります。だから社内の各部門のDXビジネス人材を育成していくことが重要な課題となっています」

三井物産がDXビジネス人材の育成に動き出したのは2020年秋から。高度なDXスキルと業務でDXを実践していることなど、一定の基準を満たす人材をDX人材として認定する「DX人材認定制度」を2021年に開始し、これまでに7回の認定を実施してきた。

DX人材認定制度は知識や経験によって「DX実践者」から「b1カデット」「b1人材」「b1スペシャリスト」「b2人材」「c人材」までの6段階に分かれ、半年ごとに認定が行われ、人事台帳にも記載される。第3回からは海外法人からの応募枠も拡大している。

認定にあたっては、実績などを書類審査するほか、b1以上は外部のアドバイザーによる評価も踏まえて面談による審査が行われる。

DX人材をどう育成している?

では、どのようにしてDX人材を育成しているのだろうか。

社内でDXプロジェクトを実践してきた経験を評価する形もあるが、2021年5月に開講した「Mitsui DX Academy」が重要な役割を担っている。

ここでは全役職員対象の基礎編から高度DX人材養成のための応用編までを含む「DXスキル研修」、DXプロジェクトの実践を通じたOJTによって、DXビジネス人材を育成する「ブートキャンプ」、最先端のDXスキルや知見の獲得と高度DX専門人材とのネットワーキング構築を目的に海外大学コースへ派遣する「DX Executive Education」などのコースがある。このほかにも目的や各自のレベルに応じた研修体系を整備している。

例えばここで基礎講座2講座(8時間)以上を受講して確認テストに合格し、RPA(Robotic Process Automation)などを使って業務改善を行った経験を積むことでDX実践者の資格の認定を受けることができる。これは全社員に推奨されている。

「“総DX戦力化”にて全社員のDXリテラシーを底上げする難易度はあります。社員に総DX戦力化に向け取組んでもらうために、トップダウンで本部長や部長から発破をかけてもらったり、社内のイントラネットを使って『DXに取り組むとこんなに仕事の成果が上がります』と成功事例を紹介したり、とさまざまな工夫を凝らしました」(鎌谷氏)

履修状況の概要をまとめて一覧表示したダッシュボードの見える化を行い、社内の競争心を喚起する施策のもそのひとつだ。

三井物産の社員は競争心が強い。自分の本部が遅れていれば、他の部署に負けてはいけないという気持ちが働く。こうした競争心を喚起する施策は効果を発揮した。

さらにキャリアパスとしても育成制度は重要な役割を演じている。DX人材に認定されれば、人事台帳にも記録され、任用や登用の際の参考にもなる。次のステージに登用され、成功すれば結果的に報酬も上がっていく。

例えばKDDIとの合弁で設立したAI・人流分析で都市DXを推進するGEOTRAの社長に29歳で就任した陣内寛大氏などはそのいい例だ。

しかし、みんながみんなDXに前向きということでもない。

「例えばPower BIを使えば、データに基づく意思決定ができ、非常に有用ですが、中には『そんなものを使わなくても日常の業務では全く困らない』という人もいます。昔、パソコンを導入されたての頃はそのような言う人もいましたが、今やパソコン無しで仕事はできない時代。時間が解決してくれるのではないかと思っています」(鎌谷氏)

1000人のDX人材内製化を目指す

b1人材の場合は基礎講座だけでなく応用3講座を受講し、さらに累計2件のDX案件、そのうち1件は自らがリーダーとして活躍することが条件となる。

「b1人材には容易にはなれません。“DXビジネス人材”という言葉の通り、ビジネスにてデジタルを活用して、変革(Transform)させる人材です」(同)

しかし、こうしたDX推進組織の活動は、デジタル総合戦略部にも大きな影響を与えた。それまでのIT部門はDXの追い風の中で自分たちのデジタルによる価値貢献に気付いた。

「これまで社内のシステムを担当していた部門が今はデジタルを武器に変革の担い手となりました。当部ではDXによる価値貢献を定量化しており、どのくらい成果を上げてきたのか、ということも明確化され、当社グループへ貢献していることを実感しています」(鎌谷氏)

例えば生産性向上に関するb1人材の実績例として、BIツールを使えば、データが集計されると自動的に棒グラフがリアルタイムで生成される。一昔前ならエクセルで集めたデータを入力して一回一回、棒グラフを作っていたが、システム上に一回プラットフォームをつくれば自動的に棒グラフができるようになる。こうした取り組みもまた、生産性向上として価値貢献の対象となる。

こういった活動の結果、デジタル総合戦略部で働きたいという社員が増えている。

すでにデジタル総合戦略部では400件ぐらいの案件に着手し、100件のPoC(概念実証)を行い、実際に投資実行などで事業化できたのが50件ある。今後さらにDXビジネス人材の育成には力をいれていくという。

2024年4月1日現在で、DXビジネス人材は231人、2026年3月末までにDX実践者を含めたDXビジネス人材を1000人以上内製化していく方針だという。

ITやDXに詳しい米調査会社、ガートナーのリサーチ&アドバイザリ部門シニア ディレクターアナリストを務める一志達也氏は、日本企業のDX人材育成の課題について次のように語っている。

「IT人材育成の必要性というのは、最近よく耳にするのですが、どのような仕事をしてもらうのかもまだ決まっていないのに、DXをやるからIT人材育成をしたいと考えている企業が少なくない。それは少しおかしいと思います。まずどんな仕事をしてもらいたいのか、をしっかりと決めなければなりません。そうすればおのずとどのようなスキルが必要なのかがはっきりとしてくる。仮にそのようなスキルをもっている人材がいなければ、外部からとるのか、内部の社員を育成するのか、ということになります。通常の業務に不可欠なITスキルというのは半ば義務教育的に学んでもらえばいいのだと思います。でもそれは、AIの動作原理や機械学習の開発ではない、WindowsのショートカットキーとかExcelの基礎的な分析機能とか、フィッシングに引っかからないようにセキュリティ教育も重要です。例えば今では当たり前のように利用しているスマホですが、当初はどのように使い方を学んだのかを思い出していただきたいです。この先、知らないとか使いこなせないとかでは恥ずかしい、仕事に支障がでるようなスキルは強制的に学んでもらえばいいわけです。何よりもDXありきではなく、仕事ありきで考えていかなければならない問題なのだと思います」



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