三井物産のDX戦略を進めるデジタル総合戦略部の全貌

苦労大きいIT部門とデジタル部門の統合

広範な商品を手掛ける総合商社。中でも三井物産は資源・エネルギーから最新のIT分野まで幅広い領域でビジネスを手掛ける日本を代表する総合商社の一つといってもいいだろう。

連結収益では13兆3249億円、従業員数は5419人(連結従業員数5万3602人)、61か国に125拠点(国内11、海外114)を持ち、グループ会社は491社(連結子会社が296社、持ち分法適用会社が195社)にも及ぶ。

このような巨大企業グループが16事業本部とコーポレート部門、海外店やグループ会社を巻き込むDX事業戦略とデータドリブン経営をどのように進めているのだろうか。

三井物産がDXを考えるようになったのは経営会議の諮問機関として設置された情報戦略委員会が設立された2009年。ITや情報セキュリティ対策に関する重要な問題がここで決められていったという。

DX組織改革では2017年にITシステム保守や運用を担当し、既存の業務プロセスの改善や社内のITセキュリティを担うCIO(Chief Information Officer(最高情報責任者))とは別に、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を統括し、デジタル技術を駆使してビジネスの成長を推進するCDO (Chief Digital Officer(最高デジタル責任者))が設置され、本格的な取り組みが開始された。

CDOの設置にあわせて社内に25人程度の「DT( Digital Transformation)チーム」が編成された。このチームは当初、経営企画部やIT推進部の部員が兼務するバーチャルな組織として事業本部を支援していたが、2018年2月からは「経営企画部DTチーム」という専任組織に発展している。

ここからしばらくシステム開発や保守管理を行っていたIT推進部とデジタル技術で新規ビジネスや経営の効率化を図る経営企画部DTチームの二本立てでDX戦略が進められた。

しかし、IT推進部と経営企画部DTチームが別々に案件を進めるのは、非効率な面もあった。例えば、経営企画部DTチームのAIエンジニアやデータサイエンティストだけではサービスとして実装するまでには至らない。そこにはクラウドの使い方、セキュリティやデータベースをどうするか、ERP(統合基幹業務システム)をどうつなぐか、というIT推進部側も関わる問題が伴う。

そのような中で2019年6月に真野雄司氏がIT推進部の部長に就任し、同年10月に両部隊を統合したデジタル総合戦略部を誕生させた。

IT部門とデジタル部門の統合は当初、苦労したという。IT分野を担当するIT部門とデジタル分野を担当するDT部門は考え方や志向が違う。IT部門の出身者はシステム構築を主眼においていたためデジタル技術を使った新規事業の創出を管轄外だと考えてしまう。

一方でDT部門の出身者は新しいIT技術の実装化や新規事業の創出にばかり力を入れ、システムには目を向けない。IT部門出身者とDT部門出身者が協業することなど考えられず、そんな必要はないという意見が少なくなかった。新型コロナの襲来で出社すら難しくなると、両者の溝を埋めることはさらに難しくなった。

それでも部長に就任した真野氏はデジタル総合戦略部のメンバーに対して「デジタルの力で新たな価値を作る」という統合した新しい組織の存在意義を納得するまで説明した。さらにIT部門出身者に対してはシステムを構築することだけでなく、デジタル技術をグループ全体の利益につなげることがいかに重要かを説き、DT部門出身者にはデジタル技術だけでは何も完成しないのだから周囲との協力が必要であることを諭したという。1年かけて意識改革を進めていった。

そんな中、新社屋への移転が追い風となった。三井物産は2020年5月7日、日本生命丸の内ガーデンタワーからOtemachi One区画内の三井物産ビルに本社を移転した。このとき社員一人ひとりが新たな働き方を実現し、内外の多様な顧客やパートナーとともに新たな価値創造に挑戦するWork-X(Workplace Experience)という取り組みがスタートした。

業務やプロジェクトニーズに応じた起動的なチームワークを構築するため全社単位でグループアドレス(組織ごとのフリーアドレス)が導入され、固定席がなくなった。自由に好きたところに座れるようになったことで、ITとデジタル、各セグメントから来たメンバーが自然と言葉を交わすようになり、信頼関係が生まれてきたのだという。

「デジタル総合戦略部」への進化

2020年4月にはCIOとCDOを統合してCDIOが誕生し、さらにセグメント業務部の情報戦略推進組織と営業個別システム組織をデジタル総合戦略部に統合した。

「DX戦略を進めていくためには基幹システムやセキュリティに対する知見が営業戦略にも連動しなければなりません。だからこそ、CIOとCDOが統合されたわけです。すでにERPをはじめとする基幹システムの中のデータ分析を進めています。ただ事業戦略への活用はこれからといったところです」(デジタル総合戦略室事業系DX管掌部長補佐の鈴木次郎氏)

デジタル総合戦略部は、CIO統括部の財務システム群、ロジスティック戦略部の貿易システム群、人事総務部の人事・総務システム群、広報部の広報システム部といったコーポレートシステム群を吸収し、本社11室海外6拠点、約260人体制で運営され、三井物産グループ全体のDXを推進することになった。

「それまでは連結決算のシステムはCFOの担当部署が担当していて、人事総務のシステムは人事総務部の管轄でした。しかし結局、部門ごとに業務プロセスがあり、コーポレート主導で業務プロセスを構築していくと、データのサイロ化が起こってしまうおそれがありました。極端な話、ユーザー側からすると、人事から報告を求められたことと同じことを今度は経理からも報告を求められる、といったことが起こるわけです。そこでシステム開発の主管をデジタル総合戦略部に全部移した、というわけです」(デジタル総合開発部CoE(Center of Excellence)管掌部長補佐の中島ゑり氏)

デジタル総合戦略部は現在、「フロント」「CoE(Center of Excellence)「DX組織マネジメント」「海外」を担当する4つの組織で構成されている。

16ある事業本部との連携を密接にすることで、事業本部からの要望への対応だけでなく、それぞれの事業本部が推進する戦略に対して有効なデジタル施策の提言ができるような組織構成となっている。

中でも特徴的なのがフロントだ。フロントは金属資源本部、エネルギー本部、プロジェクト本部などの事業本部との最初の窓口的な存在。16ある事業本部を金属、化学品を担当する「DX1室」、エネルギー、機械・インフラ、CD(コーポレートデベロップメント)を担当する「DX2室」、食品・流通、ヘルスケア、ICTを担当する「DX3室」に振り分け、事業本部のニーズに対応する。事業本部からの相談内容はIT技術を活用した新規事業の創出や業務プロセスを効率化、M&AでのIT系のデューデリジェンス、サイバーセキュリティの問題などさまざまだ。

専門的な問題についてCoEが担当する。CoEは機能別に以下の5つの専門部隊に分かれている。

  • AIの専門家やデータサイエンティストなどR&D(研究開発)的な役割を担う人材を集めたデジタルテクノロジー戦略室
  • データマネジメント基盤(DMP)の開発や全社的なデータ利活用戦略を担うデータマネジメント室
  • ERPを中心に約定プロセスやロジスティックス・貿易系などのシステム領域を担当するコーポレートDX第一室
  • 人事や環境などの非財務系に加えて、連結決算や与信など経営管理系システムを担当するコーポレートDX第二室
  • クラウドネットワークやサイバーセキュリティを担当するデジタルインフラ室

「我々が独自で新しい事業を開発することもありますし、事業部と一緒にやることもあります。物流業界での人手不足をもたらすと言われているいわゆる2024年問題の解決を目指したT2という会社の設立はその一つの例です。デジタル総合戦略部がR&Dとして自動運転車の開発を始めた後に、事業部でトラックの自動運転を事業化し、T2という会社ができました。このほかにもデジタル総合戦略部ではこれまでおよそ400件の案件に着手し、100件のPoC(概念実証)を行い、50件を事業化しています」(鈴木氏)

事業DXを推進していくための組織を構築していくためにはマネジメント機能が必要となってくる。そんなDX組織全体をマネジメントするのが人事総務部と連携して全社のDX人材育成を担当する「DX人材開発室」とDXに関する事業計画の策定などに取り組んでいる「デジタル戦略企画室」、戦略を推進する「デジタル戦略推進室」だ。

この他、海外にはニューヨーク、サンパウロ、ロンドン、ドバイ、シンガポール、上海に対応する組織があり、人材を配置している。

子会社のネットワーク共通化・サイバーセキュリティ高度化が今後の課題

三井物産では今後、DX戦略をグループ全体に広げていくことを目指しているという。そのカギを握るのがデジタル総合戦略部で展開するインフラサービスであるMBKネットワークだ。

「三井物産は多くの子会社があります。ただこれまでは自立自走という考え方を踏まえて子会社が独自で考えて行動するという方針をとってきました。だからMBKネットワークにも、全子会社が参加しているわけではありません。参加企業は100社弱程度です。しかし、IT導入のメリットというのは、大量の取引を同時に一緒に行うことができるようになるということで、各社が個別にやるというのは非効率です。そこでMBKネットワークをすべての子会社に導入する方針を立てました」(中島氏)

三井物産は現場に焦点を当てた新しいDX戦略に活路を見出しているが、迷走している日本企業はまだまだ少なくない。ITやDXに詳しい米調査会社、ガートナーのリサーチ&アドバイザリ部門シニアディレクターアナリストを務める一志達也氏は、日本企業のDX戦略の課題について次のように語っている。

「日本でもDXがブームになっていますが、多くの日本企業はうまくいっていません。その大きな理由のひとつは、だれがDXを進めていくのかということをきちんと考えていないからです。DXの主体は実際に仕事をする事業部門です。ところが日本の多くの企業は最初にDX推進部やDX戦略部といった組織をつくって、そこに丸投げすれば何とかなると思っている。しかし、事業部の人たちがその気にならなれば、何をやっても絵に描いた餅です。むしろ会社が明確な意思を示し、それを受けて事業部のひとたちは何をやらなければならないのか、問題意識をもって課題設定し、そのうえでどのようなデジタル技術が必要なのかを考えればいいのではないかと思います。必要なデジタル技術者がいなければ技術者を探せばいいわけですし、その時はじめてIT部門がサポートすればいいわけです。何よりも大切なのは会社の意志がしっかりと定まっていることです」



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