日本総研谷崎社長が語るDXブームが空転する本当の理由

「世界デジタル競争力ランキング」では過去最低

日本はいまや空前のDX(デジタルトランスフォーメーション)ブームだといわれている。しかし本当に実態の伴ったブームなのか。

日本でDXが注目されるようになったのは、経済産業省が2018年に発表した「DXレポート」の影響だ。

レポートによると、日本国内の企業が市場で勝ち抜くためにはDXの推進が必要不可欠であり、DXを推進しなければ業務効率・競争力の低下は避けられず、仮に競争力が低下した場合には、2025年から年間で約12兆円もの経済損失が発生する(2025年の崖)というのである。

ここから連日のようにDXという言葉が新聞や雑誌の紙面を飾るようになり、多くの企業が注目するようになった。

そのような中で独立行政法人情報処理推進機構(IPA)は6月27日、戦略・技術・人材の視点から日本企業におけるDXの取組とその成果、技術利活用、人材育成などについて調査した結果をまとめた「DX動向2024」を発表した。

IPAの調査によると、日本では73.7%(「会社全体の戦略に基づき、全社的にDXに取り組んでいる」「全社戦略に基づき、一部の部門においてDXに取り組んでいる」「部署ごとに個別でDXに取り組んでいる」の合算)の企業がDXに取り組んでいるという。

「DXの取組については2021年度から年々増加傾向であり、本調査時点の日本では7割強がDXに取組んでおり、2022年度調査の米国に並びつつあります。DXに取組んでいる企業の割合は2021年度の55.8%から73.7%に増加し、着実にDXが企業に浸透していることがわかります」(同機構の6月27日付けのプレスリリースより)

ではどの程度の企業が「成果が出ている」と感じているのだろうか。2023年度調査では64.3%。2022年度調査の58.0%から6.3%増加していることから「成果が出ている」と感じている企業は確かに増加しているが、2022年度の調査で89.0%の企業が「成果が出ている」と答えている米国企業と比べると「道半ばの状況」「成果創出につながっていない企業がある」とIPAは判断している。

「本調査の結果、日本企業のDXの取組は順調に増加し、成果が出ている企業の割合も増加傾向にあります。一方でDXの取組をデジタイゼーション、デジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーションの3段階に分類すると、各段階における具体的な取組項目別の成果については、その割合に大きな変化は見られませんでした。特にデジタルトランスフォーメーション段階での成果は他の段階に比べて道半ばであることが分かりました」(同)

一方で海外の調査機関は日本のDXについてかなり厳しい見方をしている。

スイスのローザンヌに拠点を置くビジネススクール、IMD(International Institute for Management Development、国際経営開発研究所)は2017年から毎年、「世界デジタル競争力ランキング」を発表している。

これは64カ国・地域を対象に、政府・企業・社会の変革につながるデジタル技術を導入・活用する能力を、(1)知識:人材や教育・訓練、科学に対する取り組み、(2)技術:規制および技術の枠組みと資本、(3)将来への準備:デジタルトランスフォーメーション(DX)に対する社会の準備度合い、の3点からランク付けし評価するもの。評価基準のうち3分の2が測定可能な数値データを、3分の1が企業・政府幹部の調査回答を基にしている。

2023年11月30日に発表された「2023年世界デジタル競争力ランキング」によると、日本は前年調査から3つランクを下げての32位。2017年の調査開始以来過去最低となった。

「技術的枠組みや科学的集積における優位性を、ビジネスの俊敏性、規制の枠組み、人材が阻害する構造が変わらないまま低落が続いています。ただ、ビジネスの俊敏性、IT統合などに下げ止まり傾向がみられるなど、今後に期待できる部分も垣間見えます」(IMDのニュースリリースより)

項目別でみてみると、「知識」が昨年と同じ28位だったが、「技術」(昨年30位)、「将来の準備」(同28位)がともに32位に下落したことが響いた。

 過去5年の傾向を見てみても、 総合順位では、2019年の23位から2023年の32位(9ランク低下)と低落傾向が続き、項目別でもこの5年で「知識」が3ランク、「技術」が8ランク、「将来の準備」が8ランク下がっている。

なぜ日本では空前のDXブームの中で実効性のある改革ができていないのか。DXのレジェンドといわれる日本総合研究所の谷崎勝教社長に話を聞いた。

DXは目的ではなくて手段

―― 日本では今、DXが大きなブームとなっていますが。

確かに日本企業の中でDXが浸透してきています。しかしIMD(国際経営開発研究所)が発表した「2023年世界デジタル競争力ランキング」では前回調査から3つランクを下げて32位。これは2017年の調査開始以来最低の順位で、遅れているのは事実なんですよ。しかしだからといって、みんなで「ダメだよね」「DX人材がいないよね」ということを理由にして、問題の本質から目をそらしてはいけない。DX人材がいなかったら、DX人材をどうやって作るのか。そこを一生懸命やればいいだけの話なんですから。問題なのは「何のためにDXをするのか」といったところがはっきりしてない。目的が最後まではっきりしないから、出来上がったものを見て、「自動化できるようになりました」といっても、結局それだけ。その業務効率化だけで、今まで手でやっていたオペレーションを機械がやってくれるようになっただけ。それだけを目的にしているから、それで終わってしまうんです。そうではなくて、そこにあるデータを使って「どういう新しいサービスに変えていくのか」「次のサービスをどう作り上げていくのか」「そのためにこれをデジタル化する必要があるのか」という、明確な目的がないまま、デジタル化することばかりにこだわっていると、どこを目指してDX化を進めているのか、わからない後進になってしまいます。

―― なぜそうした問題が起きているのでしょうか。

多くの日本の企業の中で、DX戦略が経営戦略の目的であるかのように語られていますが、まずここに大きな問題があると思います。DX戦略を“経営戦略の一丁目一番地”に置くというのはおかしいと思います。DXは単なる手段であって、本来の目的があるはずです。「経営改革をしたい」「働き方改革をしたい」「新しいサービスを生み出したい」といった目的を達成するための手段としてデジタルを使っているわけです。デジタル化ありきではなく、自分の会社がどのような課題を抱えているのか。その課題を解決するためには何が必要なのか、をしっかりと考え抜いたうえで、課題を解決するためにはデジタル化を進めることが有効な手段なのだということになったときに初めて、では「デジタルを使ってください」という話になるわけです。まず、どんな課題があるのか、ということをしっかりと押さえておくべきだと思います。

―― 課題もわからないままに、ただデジタル化をしているような企業が日本にはたくさんあるということでしょうか。

そこがまさに、日本企業のデジタル化の焦点が定まっていないところなんだと思います。何がやりたいのかが不明瞭なまま、デジタル戦略を一丁目一番地において、コンサルタントの言われたままにテンプレートに従って、デジタル人材を揃えたり、クラウドを利用したりしているところが多い。僕に言わせれば、「それは次の問題」でしょう。DXというのは、何をしたいのか、どうしようとしているのか、ということがはっきりしないでやっていると、いつまでたっても、コンサルタントにお金を払っているだけになってしまう。アウトプットは何か、ということをしっかりと考えてやってもらいたいですね。

業務効率化を目指すだけのDXでは意味がない

―― 自ら課題を設定している企業の中には「業務の効率化イコールDX化」と考えている日本企業も少なくないと思いますが、この点についてはどう思いますか。

それでは僕ら金融機関がデジタル化を始めた60年前にやっていたレベルと同じですよ。いかに人手をかけないか、を追求するということは、企業の収益構造からいうと、収入を上げずにコストを下げるという発想です。それでは新しいサービスを生み出したり、より質の高いサービスを提供したりしていくことにはならないと思うんですよ。お客様が申し込んでから、今まで10日かかった仕事を一日でできるようにするとか、顧客サービスに直結するような仕組みに変えていくのであれば、売り上げが伸びるかもしれないんですけれど、単に業務の効率化だけやっているというのは、時代遅れの経営手法なのではないでしょうか。

―― しかし「効率化イコールDX」という会社は今でも結構多いですよね。

それでデジタル化をやっているつもりになっていたら、あんまり意味がないと思いますけどね。やっぱりDXを通して、業務や経営のあり方そのものを変えるんだ、ということをしっかりと認識する必要があるんだと思います。例えば、発言力のある人の言葉に左右されるような経営のあり方から、データに基づいて議論できる経営に変えたいと思ったら、データドリブン経営が必要でしょう。しかしデータドリブンでの意思決定ができるかどうかっていうのは、データが揃ってなければできないわけですよね。

だからデータが瞬時にわかるような仕組みにしようということになる。しかしデータに基づいた議論なんて必要がないと経営者が考えているとすれば、どんなにデータドリブン経営をやるための仕組みを構築しても、結局、使われないものがいっぱいできあがるだけです。

―― データドリブン経営を成功させているのはどのような会社なのでしょうか。

経営者がデータに基づいた経営をしたいと明確な意思をもって考えているのかどうか、ただそれだけだと思います。経営者がデータに基づいた経営をやろうとしている会社は、リアルタイムに近いようなデータが欲しくなる。そういう意識のある会社がデータドリブン経営をやるための仕組みを導入すれば、うまく活用できるでしょうし、経営者にそうした意識がなければ、結局宝の持ち腐れになってしまう。それはテクノロジーの問題じゃないんだということをしっかりと認識する必要があると思います。

―― IT関連の責任者はかつてCIO(最高情報責任者)が中心でしたが、最近はCIO以外もCDO(最高デジタル責任者)やCDIO(チーフ・デジタル・イノベーション・オフィサー)などさまざまな役職が誕生してきています。今後、CIO、CDO、CDIOはどのような役割を演じていくことになるのでしょうか。

当初はIT関連の仕事全般がCIOの仕事でしたが、その役割も変わり、CDO 、CDIOなどが誕生してきました。

CDOはテクノロジーを使って新しいビジネスやサービスを作っていく責任者で、CIOは企業の基幹系を含めたインフラを作っていく責任者だと、僕の中では整理はされています。ただ、実際には役割が整理されていない企業はたくさんありますし、両方一緒にやっていて、それがCDOだと言っているところもある。そこは企業の考え方によって使い分けたらいいのではないかと思います。SMBCグループでもCIOやCDIO以外に、今回初めてCDAO(最高データアナリスト責任者)というポジションを新設しました。CDAOはデータアナリティクス(DA)の最高責任者であり、DA戦略の策定と実行、DAチームの指揮、経営層との協業などを担当する役職です。言い換えれば、データとアナリティクスから新たなビジネス価値や収益の創出を担う責任者だといえます。いずれにせよ、テクノロジーの進化が早いので、その進化に応じてやるべき役割も再定義されていくんだと思います。

「新しいことをやりたい人間と新しいことをやるしかない」

―― 過去の体験を踏まえ、DXを進めていく上で何が一番難しかったですか。

すべて難しかった。ゼロから立ち上げるんですから。僕が始めた頃はゼロから立ち上げて1にする、ということをやってきた。さらに立ち上がったものを1から10にしていくというのもまた難しいし、それを本当に既存のビジネスと同じように10から100、1000にしていこうというのはもっと難しい。それこそ、どうやってマーケットのシェアを取っていくのかを考えなければいけない。無限の拡大の可能性がある。そのためにはそこに至る前提でいろいろな失敗を経験してこなければなりませんし、自分たちでやれることは何でも挑戦していかなければならない。しかも結果を出さなければ「あいつら何やっているんだ」と批判を受けてしまいます。

デジタルマーケティングのやり方だって、旧来の銀行の店舗を構えてお客さんが来るのを待っているような時代ではない。いろんなことを考えて、今までにやっていないことをやろうとすれば、そのほとんどはつらいことばかり、まさにいばらの道です。特に銀行みたいな百年以上にわたるこの旧来型のビジネスがこってり染みついているような企業文化の中で突き進んでいくのは理解をしてくれる人がいないと難しいわけですよ。

―― DXの弊害として日本の企業風土が問題となりますが、旧態依然とした組織を変えていくにはどうすればいいのでしょうか。

真正面から議論したところで変わらないと思うんですよ。だから新しいビジネスやサービスを出して成果を上げることで、企業体は変わっていく。「変わっていっているんだ」という実績を積み上げていくしかないんだと思うんですよ。収益が上がるようになってちょっと安心してしまうと、人は変わろうとしません。人間ってね。基本的には過去の成功体験に則ってビジネスをやる人たちだから。「こういうやり方でやってきたんだ」という思いにすがりついて、みんな生き延びていこうとしているんですけど、そんな人たちと「いやいや、それは違うでしょう」という議論したところで、新しいものはなかなか生まれてこない。新しいことをやりたいっていう人間で新しいことをやっていくしかないんだ、と僕は思います。



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